「おやすみ、ジェニィ」
優しく声をかけ、母親は猫のオレンジ色の毛並みを撫でて、部屋を出る。
丸くカールした耳を澄ましてその足音を注意深く観察し、頃合いをみて体を伸ばし、地下に降りる。
ここからが猫の、ジェニエニドッツの時間だ。
ネズミたちを寝かしつけ、ゴキブリ隊にそうじをさせて。
癖の強い連中だが、ご褒美にパンくずと氷砂糖をやれば、不平不満を言ったりしない。
それからようやく、街へ出掛けて行く。
月も天頂にかかる夜半に、ゴミ捨て場には沢山の猫が集っていた。
彼女が姿を見せると同時に一番幼い仔猫が駆け寄り、挨拶する。
「ジェニィ、こんばんは!」
「今日も元気だね、バブ」
うんうん、と頷き、頭を舐めてやる。
仔猫は喉を鳴らして心地よさげに目を閉じた。
その様子を、その場にいた誰もが微笑ましい気持ちで見つめていた。
「そういや、ランパスにも、昔はこんな風にしてやったっけね」
「ランパスも?」
シラバブは目を丸くして、レンジの上にだらりと体を伸ばす雄猫を見た。
聞こえているのかいないのか、尻尾の先だけがひくついている。
あのランパスキャットでさえ、こんな風に頭をすりよせていた頃があったことは、本人すら忘れた、ジェニィの大切な思い出だ。
「あのこは、若猫の中じゃ一番昔からこの街にいたからね」
「お兄ちゃんよりも?」
「マンカストラップが生まれたのは、その少しあとだからね。タガーもそうだったか」
「なになに、タガーの話? だったら聞きたいわ!」
三人娘も加わって、どうやらおばさん猫の今日の話は思い出話になりそうだ。
雄たちは揃って微妙な顔つきになり、視線を交わすとそっと場所を変えたり、ゴミ捨て場を出ていったりした。
「昔の話なんか聞いて何が楽しいんだか」
ランパスは呆れたため息を吐いたが、他の猫のように移動はしない。
「なによぅ。イヤならあっち行けば良いじゃない」
ジェミマが文句を言うが、ジェニィはくすくす笑って彼女を抑える。
「あたしが不味いことを言いそうになったら、止めるつもりなのさ。そうだろ」
返事はしないが、ちらりと振り返って嫌な顔をしてみせたのは、図星をつかれたからだろう。
「大丈夫よ、ジェニィ。そうなったら私たちがランパスを抑えるから、構わずどんどん喋っちゃって!」
さすが、幼なじみのジェリーロラムは遠慮が無い。
しかしタントミールは目を丸くして喧嘩猫と謳われる雄猫を観察している。
「だってさ。どうするね」
からかうようなジェニィの言葉に答えずに低く呻いたランパスを、雄猫たちは遠巻きに眺めていた。
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設定
おばさん猫は夜に出てくる。
昼間も時々は出てくるかもしれない。
そしてみんなに愛されています。
街で生まれた猫たちの母のような存在。
肝っ玉かあさん的な。
ランパスもタガーもタンブルも、彼女には敵いません。