ジェリーロラムの一日は、シラバブの毛繕いから始まる。
大抵、ひとり目を覚まして退屈したシラバブに起こされるのだが、寝起きのまま飛びつく仔猫をおさえつけてその毛並みを整えるのは一苦労だった。
「ジェリー、お出かけしよう? 公園に行きたいな。コリコかジェムいるかな?」
壁の隙間から差し込む光りに、舞い飛ぶ埃がキラキラときらめく。
薄く照らされた室内で、シラバブは小さな前脚でぺたぺたと顔を叩き、ふざけて転がり、ジェリーの手を逃れる。
「ほら、じっとして。そんなじゃあ、お出かけできないわ」
くすぐったい! ともじもじするシラバブを押さえ、背中から頭、顔を舐めてやる。
「もういい?」
ふるりと毛並みを振るうと、ふわりと膨らんだ。
もう充分のようだ。
「いいわ。出かけましょう」
にこりと微笑むと、シラバブも微笑み返す。
暖かな日差しの様なジェリーの笑みに対し、シラバブのそれはタンポポの様な微笑ましいものだった。
「ガス、出かけてくるわ」
薄暗い物置小屋の一番奥、布をかき集めて作った寝床のなかでうずくまる老猫に声をかけて、小屋を出る。
うーむ、とかなんとか唸るような返事が聞こえた。
「ジェリー、おはよう!」
物置小屋を出るとほぼ同時に、明るく快活な声が飛んでくる。
「おはよう、コリコ。…驚いたわ。今日も元気ね」
驚いたと言いつつ、彼がこんな風に飛び込んでくるのは今日に限った話ではない。
むしろ毎日のようにやってきて朝一番に挨拶をしている。
「コリコ、バブもいるよ!」
「おう。…ジェリー、今日は一緒に出かけないか?」
「バブも一緒に遊びたい!」
「バブが公園で遊びたいって言っているのだけど…」
飛びつく仔猫を前脚でよけ、コリコは片耳をぱたりと動かす。
「まあ、良いけど…」
デートにチビはジャマだな。と顔に大きく書かれていたが。
「いつもありがとう、コリコ! …優しいのね」
ふわり、と微笑むジェリーの表情に見とれて照れている間に。
「コリコ、遊ぼう!」
気がつけば足元にすり寄るシラバブ。
太陽の様な笑みを残して、ジェリーロラムは友達の待つゴミ捨て場への道を辿っていた。
路地から塀の上を辿るのが、一番ゴミ捨て場には近い道だったが、シラバブはまだ良い足がかりが無いと塀の上には上がれない。
白い塀の先に、黒い斑が見えて脚を止めた。
「ランパス。そこを通りたいのだけど」
「悪い女だな。リーナに負けずとも劣らないぜ」
くっ、と喉を鳴らして笑うランパスは、しかし顔を上げもせず、体を伸ばしたままだった。
「なんのこと?」
きょとんとして首を傾げる彼女は可愛いらしい。
「いや、リーナも負けるかもな。お前は心底そう思っているように見せるのが上手い」
「相変わらず、リーナのことが大好きなのね。羨ましいわ」
「そういう相手を見つけりゃ良い。簡単だろ。お前なら…ッ」
ランパスが振りかえると同時に、ジェリーはランパスの首筋に頬を摺り寄せる。
「よせ」
「あなたが"そういう相手"になるかと昔は思ったけど、違ったみたい」
通るわね、と言いながらランパスの背中を踏みつけた。
たいして重くも無かったが、振り返りもせず歩いて行く月色の尻尾を睨む。
「マンカスは?」
「彼、好きな猫がいるのよ。兄猫のくせに知らないの?」
間髪いれずに帰ってきた答えに驚いて顔を上げると、ふふん、と得意げな顔をしてちらりと振り返り、歩いて行く。
意地の悪い表情は『皆のお姉さん』と言われるいつもの彼女からは想像もできないものだった。
「…食えねえ女」
忌々しげに呟いて、ランパスは立ち上がり、気分を変えようと移動した。
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設定
ジェリーは百戦錬磨のあねさんです。そして事情通。
コリコはシッター代わり。マンカスは可愛い弟。ランパスは悪友。
カーバとは関わりが無い。タンブルは論外。
ただ、優しくて暖かいのは彼女の気性。
今のところ一番大切なのはガスとシラバブの世話をして、女友達とおしゃべりする生活。