じめついた路地のゴミ置き場に、一匹の老猫がうずくまっていた。
死んだ猫のようにぼろぼろにもつれた毛並みは、しかしゆっくりと呼吸している。
老猫は、転がる酒壜の口に鼻をくっつけて匂いを嗅いでいた。
ちょっとでもアルコールが残ってはいないかと舐めてみるが、冷たくつるりとした感触しかしないのはすでにわかっていた。
「ガス、そこにいるの?」
この場所にふさわしくない、穏やかで温かみのある声が、控えめにその名を呼んだ。
「お酒は良くないって、何度も言ったわ」
雌猫の声は老猫を咎めるものではなく、むしろほんの少し面白がっているような響きがあった。
「匂いを楽しむくらい、良いだろうが」
言いながら、ガスは鼻をひくつかせる。
酒の匂いが充満しているようなこの場所でもわかる、濃厚な匂いが空腹中枢を刺激する。
「チーズか。…俺の好みは青カビのやつなんだが」
言いながら、のっそりと緩慢な動きで立ち上がり、歩き出す。
「ええ。覚えておくわね」
数歩遅れで、チーズを口にくわえたジェリーロラムも歩き出す。
「シラバブはどうしている」
「遊びに行ったわ。…コリコパットが良く面倒を見てくれるの。意外に世話好きなのかしら」
「そうじゃあないだろう」
ガスは視線だけちらりと振り返るが、ジェリーロラムは不思議そうに首をひねった。
印象を良くしようと張り切る若猫の思惑は大外れらしい。
「滑稽だな」
くっくっ、と笑うガスの異図は良くわからなかったが、ジェリーロラムは彼がご機嫌ならば概ね心が安らかで平穏なのだった。
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設定
うちのガスはジェリーロラムとシラバブと、三匹で物置小屋に住んでます。
一人称代名詞は儂じゃなくて「俺」
ジェリーロラムの父親がわりのような気持ち。
ジェリーロラムも、そんな感じで世話をして、甘えています。
上には入れられなかったけれどジェリーロラムのお母さんの友達以上恋猫未満。
年はとっているけれど健脚であちこちうろついては酒壜を舐めています。