沢山の人に会った。
沢山の物を見た。
沢山の、哀しいことを知った。
もう抱えきれない程の思い出を胸に詰め込みすぎて、疲れきっていた。
けれど。
「タントに会ったら、なんか全部どうでも良くなった」
そう言って、ギルバートは笑った。
「そんなもんなんかなあ…」
「コリコ、危ないよ?」
木の枝にぶら下がり、わざと体を揺らすコリコパットに、ミストフェリーズは気の無い注意を投げかける。
「どう思う? ミスト、分かるか?」
「僕、君たちの中で一番下なんだけど」
それはいつも遊んでいる3匹と言うだけでなく、雄猫の中でも一番年下であるという意味でもあり、さらにはこの街では一番の新参者であるという意味でもある。
「なんだ。ミストなら、カンタンに時間とか超えちゃうと思ってた」
「やったこと無いけど、無理だと思うよ」
自分の意志では。と、心の中で付け加える。
なにしろ自分でも良く分からない事の多い力だ。
「あーあ。俺もそんな経験したいなー」
「…マジックのこと? それとも、ひゃくねんも独りで旅したいっていうの?」
まだ若いミストには、百年という数字は途方も無く大きく、想像のつかないものだった。
ただ、なんとなく想像するのはなにも無い野の真ん中、まっすぐに続く道。
果ては見えない。
ふりかえっても同じ道が続くばかりで、進むしかない。けれど目的は無いのだ。目的も無く、頼りもなく、ただただ進むだけ。
それは想像もできない程の孤独に違いなかった。
それを「忘れた」と笑い飛ばすギルバートは、なんて強いんだろうとミストは感嘆した。
「違うちがう、タントの事だよ!」
否定しながら、コリコはくるりと宙返りしながら木から下りた。
音も無く着地したその身軽さに驚かされるが、もっと驚くのは彼のその軽薄な雌猫好きというところ。
「そんな思いでも吹っ飛んじゃうくらい魅力的ってことじゃん? 俺にもタントみたいなコが居てくれたら…って」
「あれ。ギル」
ずしゃああ…っ! と砂煙を立てて突っ込んできた土埃にまみれた毛玉をみて、ミストは正体を言い当てた。
「いま! タントの話を、していたか!」
「あー。タントみたいな彼女が欲しいってコリコが」
「そうか! タントの魅力に漸く気付いたか。でもタントには俺が居るからダメだ。世の中他にもいっぱい雌猫いるだろうけど、俺にはタントしかいない。なぜならこれはまさ衝撃的な出会いから始まっているからだ。…俺がこの街に来てしばらくしたときのはなしなんだけれど、俺はいつも通り空家の生け垣を潜って芝生の庭を歩いていた。その時、いつもは見上げないのに、なんでか、ふっと窓を見上げたんだ。そしたら、そこに…誰が居たと思う? いや、その時はまだ名前も知らなかったし遠かったし、ちょっとしか見えなかったけど、でも俺はびびっときたね。まさに耳の先から尻尾まで、電気が走ったみたいな感じで、髭も震えた。そのくらい彼女は美しかったんだ。そう、まさに美しいっていうのはこの姿の為にあるんだって思って俺は」
この話、何度めだろう。そう思いながら黒猫は
「ばかみたい」と口の中で呟いた。
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年齢:???永遠の18さい
長老を除く誰よりも長生きで、悲しい過去もあって、なのにお莫迦なんです。
ミストとコリコと遊ぶのが楽しいくって、たまには黄色い猫を構ったり、年下の雌猫を構ったり、楽しく暮らしています。
それが彼の魅力。