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ジャンクヤードの日常

彼の声は、一種の音楽だ。
彼が息を吸い、発する一声。ほんの一声で、猫たちは静まり返り、彼の声を聞こうと耳を向け、 仔猫たちは彼の膝元にすり寄り、甘えるのだ、

今日ものそりと姿を現した長老猫に、リーダー猫はいち早く気付いて駆け寄った。
年老いた彼を守り支えるように、サバ虎模様の猫が二匹、寄り添っていた。

「老デュトロノミー」

マンカストラップが彼の名を呼び、前脚を差しのべて礼をする。
穏やかな目をした老猫はゆっくりと頷き、しわだらけの顔を緩ませ微笑んだ。
ゴミ捨て場の片隅、温かく乾いた場所に腰を据えると、タンブルブルータスとカッサンドラはそれぞれ愛情を込めて長老猫に頬を寄せると、リーダーの邪魔にならぬよう、さっと離れて姿を消した。

「マンカストラップ。今日も良い天気だ」

そしてゆっくりと視線を巡らせ、日のあたる所全てに猫たちが安らいでるのを確認すると、今度は日陰に目をやり、ぽつねんと座るひねくれものに愛情深くも呆れの混じる笑みを浮かべた。

「彼は相変わらずだね」

「素直に日に当たれ、とは言ってるんですが」

老デュトロノミーの言葉に、マンカストラップも呆れた様子を隠さず応える。
猫にとって日向ぼっこはただの遊びではない。生活に不可欠な行動だ。
しかしラム・タム・タガーは名の通り、調子は良いが素直じゃない。

「しかしそのうち日向に出てくるでしょう。今日は日陰に居続けるには寒過ぎますから」

昨夜降った雨のせいで、日陰の土は少し湿っていた。
実際、今日のタガーは普段のだらしない座りかたに比べ、いささか縮こまっているように見えた。
風変わりな尻尾もくるりと前脚にまわし、時折気になることでもあるかのように先のほうをかじったり、前脚でいじくったりしているが、恐らく人間でいうところのマフラーがわりといったところだろう。
あの尻尾にさほどの防寒性能があるとは思えないが。

「おい、タガー。いい加減にしろよ」

いつもなら好きにしろ、と放置するところだが、長老にさえ気を使わせてしまうとなると、放ってはおけない。
前脚をもじもじさせて交互に地面から上げていたタガーは、マンカストラップの言葉を聞いてにんまりと笑う。
が。

「あ! タガー!」

とたとた、と足音を立てて駆け寄るひよこ色の仔猫に気づくと、シニカルな笑みは急に穏やかなラインを描く。

「なんだぁ、姫。俺サマに会いに来たのか?」

こつん、と小さな頭をぶつけて挨拶をするシラバブは、しかしまっさらな笑顔で首を降った。

「違うよ! コリコ探しに来たんだよ!」

「なんだ、ふられちまったか。コリコなら、さっき黒いちびすけとおっかけっこしてたんだがな」

さほどがっかりした様子もなく、タガーは首を傾げて記憶を辿る。

「ちょっと、黒いちびすけって誰のこと?」

「ミストは真っ黒だけど、そんなにちびじゃないぞ」

ゴミ山の上にひょこりと現れた黒猫は、片耳をぴっ、と払って苛立ちを示し、その後ろからコリコパットがフォローをする。

「お前からしたらな」

「どういう意味だよ!」

ふぅっ、と尻尾を膨らませるコリコパットは大人と言って良い年頃だが、体格の良いタガーどころか、中肉中背のカーバケッティに比べても少しばかり小柄であり、人間などには「可愛い仔猫ちゃん」と言われてしまうこともある。
コリコパットに言わせれば、まだ伸びしろがある、らしい。

「コリコ、遊ぼう!」

「えー、今俺ミストと"ゴミ山巡回の効率化"を図ってるとこなんだけど」

「???」

要するに、いかに素早くゴミ山を一巡り出来るかを競っているのだが、わざわざ難しい言葉を使って真面目ぶっているのがおかしみを感じさせる。

「わかんない…バブも、いっしょに"こうりつか"する!」

「バブはここまで登れないだろ」

「じゃあ、バブはしたのとこを"こうりつか"する!」

コリコパットはさっさと置いていきたいと態度に表していたが、ジェリクルいちの幼子は、ジェリクルいちの頑固者でもあった。

「そうだね、それじゃあバブも一緒にやろうか」

ミストフェリーズは紳士気取りで微笑みを浮かべ、ゆっくりとゴミ山を降りるとシラバブに"巡回"のルールを説明する。

「高いとこは危ないから、バブは地面に落ちないようなルートを考えて、あっちのタイヤまで…」

誰が一番早くゴミ捨て場中央の古タイヤまでたどり着けるか。
懸命に頷きながら説明をきき、なんとか納得したらしい仔猫は重たげな尻を揺らしてぴょこりとゴミに飛び乗った。

「良くよく注意してくれよ」

「わかってるよ、マンカス」

今にも止めたいのを堪えているような顔をするマンカストラップに、ミストフェリーズはくすりと笑って細い尻尾をくねらせた。
幼子とはいえ猫。シラバブとて、無謀とそれを補う身体能力を持って生まれて来ているのだ。

「じゃあ行くよ。…スタート!」

仔猫たちは駆け出し、あっという間に姿を消した。

「マンカス」

「ジェリー」

はらはらしながら見送るマンカストラップの背後から、笑いを含んだ軽やかな声がかけられる。

「と、ジェミマにタントミールも一緒か。相変わらず仲が良いんだな」

「たまには喧嘩もしたいものだわ」

「やめてくれ」

穏やかな歌声をもつ、皆の姉のようでありながら百戦錬磨の野良猫と、生意気の盛りを迎えつつある少女猫、それに人間の家で生まれ育った飼われ猫。
彼女らがもしも喧嘩などしたらどうなることか、見当もつかないし、考えたくもない。

「うふふ」

「よう、スリーガールズ。今日も華やかだな」

「あらタガー。あなたから話しかけてくれるなんて珍しい。今日は機嫌が良いのかしら」

「いつもなら、あたしたちの顔見ただけで逃げちゃうのに!」

驚いた、といいながらも、ジェリクルいちの色男に声をかけられて満更でもなさそうだ。
くすくす笑いながら、ジェミマとタントミールは何事か囁きあい、顔を見合わせてまた笑う。

「あら、なあに?」

「あのね、ジェリー…」

そんな二匹にジェリーロラムが口を挟み、スリーガールズは頭を寄せあい、言葉を交わす。

「なんだなんだ。内緒話か?」

そこへタガーが大きな体をねじ込むと、雌猫たちはきゃあ! と嬉しそうに悲鳴をあげた。
その反応に悪戯が成功した仔猫のような笑みを浮かべると、タガーはわざと三匹の間を割って通る。

「やだ、タガー冷たいわ!」

「タントは寒がりね」

「違うの、本当にタガーの毛並みが冷たいのよ」

短毛と長毛の継ぎ接ぎのような風変わりな毛並みは温かな襟巻きに比べて体は滑らかなビロードのようで、先程まで日陰にいたせいで冷えきっていた。

「ホントだわ! タガー、あっちの日の当たるとこ行きましょ!」

小さなピンクの鼻先を寄せたジェミマは、その冷えっぷりに驚いてタガーの体をぐい、と押す。

「あん? こんなの、へでもないぜ……」

「ダメよ。ほら、あたしたちで毛繕いもしてあげる!」

 雌猫3匹に囲まれて、タガーは連行されていった。
 やれやれとマンカストラップが息を吐いて、自分もそろそろどこかへ座ろうかとぐるりと首を回し。

「…ギルバート」

「やあ、マンカス」

 ぽつねんと立ち尽くす三毛猫に、マンカストラップは己に何一つ非などないにも関わらず、気まずい思いを覚える。

「タイミングが、悪かったようだな」

「タントが、友達と楽しそうなら、良い」

 ぱたん、と尻尾が地面を打つ。

「そうか」

 ぱたん、ぱたん。
 不規則に、断続的な音が沈黙を際立たせるようで、マンカストラップはなにか話題は無いかと考えたが、特に何も思いつかなかったので前脚を舐め、丁寧に顔を洗う事にした。

「なんだ。珍しい取り合わせだな」

 一通り顔を撫でまわし、次は耳の後ろまで、と前脚を伸ばしたところで聞き慣れた低い声が僅かな疑問符を乗せて投げかけられた。
 気まずい沈黙が破られた事に安堵しつつ振り返ると、そこには声の主であるランパスキャットが美しい雌猫2匹を連れていた。

「そっちこそ、珍しいな」

「あら、そう? ランパス、あたしとあなたが一緒に居るのが珍しいんですって」

 楽しそうに目を細めるボンバルリーナに、ランパスはぱたりと耳を動かしただけだった。

「いや、ランパスとリーナはともかく、ディミも一緒か」

「悪い?」

 即座に帰ってくる神経質な言葉は、彼女が苛立っているかのように聞こえる。
 タンブルブルータスとカッサンドラのように四六時中くっついているわけでもないが、二匹は恋猫であるから、一緒に居たって珍しくも無い。
 しかし二匹が一緒に居ると遠慮しているのか距離を置いているディミータが、今日は連れだってきたようだ。

「いいや。仲が良いのは良いことだ」

 どこか的の外れた言葉に、ディミータは首を傾げ、「変なの」とかなんとか呟く。

「それで、ギルバートは何を苛々…ああ」

 ボンバルリーナはギルバートの熱い視線を辿り、くすりと笑う。

「気になるのなら、割り込んでくれば良いのに」

「タントが、友達と楽しそうなら、良い」

 さっきと同じ台詞を繰り返しているだけだ。マンカストラップは目を瞑った。

「大丈夫でしょう。タントが誰よりもあなたのことを好きなこと、皆知っているわ」

「っ…そうなのか?」

 ふわりと毛並みを膨らませて、ギルバートはボンバルリーナを見やる。
 むしろ皆が知らないと思っていたことに驚き、ディミータは奇妙なものを見るような目でギルバートの耳の先から尻尾までを眺めた。

「あなたが広場にきたこと、気付いてないだけだと思うわ。…タントミール!」

 ボンバルリーナが珍しく声を張り、彼女を呼ぶ。ゴミ捨て場中の猫が注視するなか、顔をあげたタントミールはギルバートの姿を見つけた途端、ぱっ、と飛び起きて体を振るい、連れの彼女らになにか一言ふたこと言ってからこちらへ駆けてきた。
 勢いよく駆けだしたためにタガーを蹴飛ばしたようだったが、気にも留めない。連れの2匹が楽しそうに笑っただけだった。

「ギルバート!」

 まるで頭突きせんばかりの勢いで、タントミールはギルバートに首筋を寄せる。

「リーナ、声をかけてくれてありがとう。こんにちは、ディミータ」

「…良い天気ね」

 あとずさるようにしてリーナの肩の後ろへ行ったディミだったが、挨拶を無視するほど冷たい性格でもないのでぼそりと返事をした。

「本当に今日は良い天気だな。リーナも、日向へ行くんだろう」

 さっさと高い場所へ移動し始めている斑猫を仰ぎ、マンカストラップが言う。

「ええ、そうね。冬の日差しは貴重だわ」

「ならディミは、俺と一緒に座らないか?」

 突然の誘いにディミータは背中の毛を逆立てる。

「なに、いきなり」

「嫌なら良いんだが。久しぶりだし、俺はディミと話がしたい」

 良い場所があるんだ。と言うマンカストラップに対し、ディミータは何も言えない。否も応も。

「いってらっしゃいよ、ディミ。独りで日を浴びるには、まだ少し寒いわ」

 ボンバルリーナは苦笑いで促す。
 リーダー猫はどうやらディミに好意を持っているようだが、どうしてこうも不器用にストレートなのだろう。

「まあ、マンカスなら、でかいし、風避けにはなるかも…ね」

 彼女の様な、素直じゃない猫にはそんな言い訳が必要だ。それをできるスマートさが、リーダー猫には欠けている。

「最適よ」

「ああ。寒くなったら、俺が抱き込んでやる」

 莫迦。ボンバルリーナが口の中で呟いたのと同時に、ディミータの前脚がひらめいた。

「…何故だ?」

 思い切り殴られ、首を傾げるマンカストラップ。
 その背中にどしりと重たいものがのしかかる。

「まぁた、振られたんか?」

「俺は振られたのだろうか」

 痛くない、と言えば嘘になる。
 しかし爪を使われなかった事に、意味を見出したい愚かな気持ちがそれを軽減する。
 
「マンカスはオンナゴコロがわかってないなぁ!」

「なぁ!」

 マンゴジェリーの軽口に、背中に飛び乗ったランペルティーザが同調してからからと笑う。

「お前には、分かるのか?」

 胡散臭い目を向けるが、マンゴジェリーは意に介さない。

「俺サマを誰だとおもってんのよ」

「ランペルティーザさんだぞ!」

 胸を張るランペルティーザに「俺はー?」と合いの手を入れるマンゴジェリー。

「悪いが己を俺サマ等と称する輩は信用しない事にしている」

「まじかよ」

「ざんねーん!」

 軽口も軽口、彼らの言葉は中身が無さ過ぎて空気の如く軽い。

「お前たち、また悪さをしていないだろうな」

「俺たちいっつも悪さなんかしてないぜ?」

「そうだぜ?」

 なー。と顔を見合わせ笑う二匹には、もう何を言っても無駄かと思わされてしまう。
 マンカストラップが呆れているうちに、二匹は長老猫に挨拶をし、ランペルティーザはそのまま彼の膝元にうずくまり、マンゴジェリーは傍に座り、ぼさぼさの毛並みを繕い始めた。
 あれで一応整えているのかと感心してみていると、あっという間に終わってしまい、みている方が落ち着かない気持ちになってマンカストラップは己の毛繕いを始める。
 穏やかな午後、遠くとおく、列車の汽笛が聞こえていた。


「やあスキンブル。おつかれさん」

 ふさふさしたオレンジの毛並みを揺らして、ジェニエニドッツは偶然行きあった鉄道猫に挨拶をする。
 暖かな笑みを浮かべたまるまるした頬、小柄な体は鉄道猫の半分かと思うほどだった。
 皆が集うであろうゴミ捨て場へ向かう途中、なんて素敵な偶然だろうとスキンブルシャンクスは茶色の尻尾をピンと立てる。

「ただいま、ジェニさん」

 すり、と頬を寄せて挨拶を交わし。

「あいかわらず平和だね」

 鉄道猫は故郷の変わらない光景に、寛いだ笑みを浮かべてみせた。




17/02/20

17/02/20
あーもうほんとに長いよ!
久しぶりだよー。

さて、全員出てくると見せかけて出てこなかったのはダーレダ。

【index】 【ff】


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