大きなガラスの窓に腰かけ、カッサンドラは外を眺めていた。
日射しを取り込むための窓のはずなのに、部屋の中は薄暗い。
碧と青の混ざったような色の目は、空を見つめているのに、どこかはっきりと焦点を定めて何かを観察しているかのようだった。
彫像のように美しく細い体は微動だにせず、ただ窓の外を眺めていた。
「…出かけなきゃ」
髭の一筋も動かさず、ぽつり呟くとまるで魔法が解けたように動きだし、じっとしていた体の強張りもみせずにしなやかに部屋を出て行った。擦り切れた絨毯敷きの階段を駆け下り、石でできたポーチから草むらのようなアプローチを通り抜け、錆びた門をくぐると、右へ曲がった。
いつもと同じ通り道を足早に辿ってゴミ捨て場へ脚を踏み入れると、白黒の毛並みを探す。
「アロンゾ」
「カッサンドラ! なんて素敵なんだ。今、きみに会いたいと思っていたところなんだよ」
「嬉しいわ」
タイミングよく恋猫が表れた偶然に喜びの声を上げ、擦り寄るアロンゾに、カッサンドラも微笑む。
偶然もなにも、カッサンドラにはわかっていたことだったが、そんなことを、あえて言う必要もない。
「私も、あなたに会いたかったの」
毛足の短い体を寄せると、アロンゾの体から微かにボンバルリーナの匂いがした。
「きみに、見せたいものがあるんだ」
「なにかしら」
彼は、いつでもカッサンドラを喜ばせようとしてくれる。
雌猫の輪に混じって話をしていると、アロンゾの噂も耳に入るが、どうやらこうして贈り物をするのはカッサンドラに対してだけのようだった。
かといって、他の雌猫の匂いを纏って愛をささやくアロンゾを許せるわけではないのだけれど。
「今朝、俺の安眠を邪魔した無礼なカラスから失敬したのさ。きれいだろう?」
ゴミ山の隙間に隠していたカラスの風切り羽を取り出すと、片眉を上げ、自慢げに言う。
「まあ。オオガラスの羽!」
目を丸くする、カッサンドラの表情は幼く見え、しかし次の瞬間には目を細め、うっとりと妖しく笑む。
その表情に、アロンゾは首筋の毛がぞくぞく震えるのを感じた。
「これを、ぜひきみに」
「嬉しいわ、アロンゾ。どんなにお礼をしても足りないくらい」
羽を見つめたままに礼を言う彼女の目は、碧の火が燃えるように輝く。
「じゃあ、俺の願いを聞いてもらおうかな」
「願い?」
アロンゾに向き直った彼女の目には、もう火は燃えていなかった。
すこし残念に思いながら、アロンゾは彼女のしなやかな体に寄り掛かる。
「今日は、少し一緒に昼寝をしたい」
「珍しいのね」
活動的なアロンゾは、カッサンドラといるときでさえ、寄り添って昼寝などということはしない。
応えてすりすりと頬摺りすると、アロンゾは喉を鳴らし、機嫌良さそうに目を細める。
「この羽の主に邪魔されて眠れなかったんだ。一緒に寝よう」
横になって誘うアロンゾに、寄り掛かるようにしてカッサンドラも体を伸ばす。
「好きよ。アロンゾ」
珍しく甘く囁く恋猫に、アロンゾは幸せな笑みを浮かべて緩やかに眠りに落ちて行った。