「これは、不思議なことだな?」
「なにが不思議なの?」
いつもの、ゴミ捨て場と呼ばれる広場で、今日の日差しの最後の名残を楽しんでいたカッサンドラは、現れたと同時に疑問を投げかけるアロンゾに首を傾げた。
それは、ほんの少し前の事。
アロンゾが目を覚ました時、既に日は傾きかけていた。
道路脇に打ち捨てられた廃車のトランクが、アロンゾの塒だった。
内張りの布はぼろぼろで、もう既に無いも同然だったが、そこに布きれや新聞をかき集めてそれなりに居心地の良い空間を作り、住んでいる。
トランクを抜け出し、水たまりを見つけて喉を潤す。近場で水が見つかるも珍しいので思わず舌ですくったが、砂埃のような味がした。
ついでに全身の毛を舐めて艶を出しながら、今日はどこへ行こうかと思いを巡らせ。
「…よし。カッサに会いに行こう」
こうして毛繕いをしているうちに、思い浮かんだ何匹かの雌猫の内、一番魅力的な雌に会いに行くことにしている。
それはその時の気分によってまちまちだったが、近頃では大抵、カッサンドラに思い至るのだった。
そして不思議なことに、そう思いながら歩いていると、脚がよどみなく動いてくれる。
彼女がどこに居るのだろうかと迷うことなく、まるで蟻が仲間の印をたどるように、いつの間にかカッサンドラの元へたどり着く。
「俺は今日、きみに会いたいと思った。そして迷わずここに来たわけだ」
「嬉しいわ」
彼女は微笑み、アロンゾの鼻に自分の鼻をつつましくくっつけた。
「でも、不思議だ。どうして迷わなかったんだろう」
「全然、不思議なことじゃないわ」
「そうなのか?」
青と碧のまじりあった、宝玉のような目をしたカッサンドラは、微笑みを浮かべたままに口をつぐんだ。
「良くわからないな。…きみも、不思議だ。そしてその不思議なところに、惹かれる」
「全然、不思議なんかじゃないのよ」
引力で引き合うようなものだ、と彼女は言う。
「引力?」
「あなたが私に会いたいのと、私があなたに会いたいのと、引き合うの」
ボンバルリーナのような、一種暴力的な魅力でもなく、アロンゾがただ雌を追いかけるそれとも違う、なにか。
恐らくは、恋と呼ばれるその感情に、ほんの少しだけカッサンドラは魔法をかけた。
「成程。俺たちの思いは均衡しているってこと、か?」
そうでなければ叶わないし、敵わない、弱いよわいかすかな道案内にかかってくれたことに満足し。
カッサンドラはハレムに微睡む婦人のように、しなやかな体を横たえ、嬉しいわ。とだけ呟いた。