004

「それで、戻って来たの」

「打ちひしがれてね」

相変わらずつれなく見えるカッサンドラの気を引こうとうなだれてみせるが、そもそも彼女はこちらを見ていない。
なんだよ。

「貴方、勘違いをしてるわ」

演技でなく、本気でうなだれるアロンゾに、ようやくカッサンドラは向き直ってくす、と笑う。
そんな小さな笑み一つでアロンゾの心はひどくかき乱されるのに、彼女がさっぱり理解できない。

「私は貴方を愛していてよ」

ふんわりと微笑んで、触れるか触れないかくらいに頬を寄せてくる。
思わず、という体で体を寄せようとすると、途端に離れてしまう。

「なんなんだ、一体!?」

彼女の態度は俺を愛しているそれとは思えない。
と訴えるが、彼女は微笑みを崩さない。

「星がどうとか、愛しているとか、理解できない」

文句を言うと彼女は細い顎をつ、と上げて空を見る。
つられて見上げるが、まばらな雲が流れているだけでなにもかわったことはないし、勿論星も見えない。
しかしカッサンドラはとても興味深そうに見上げている。
その横顔は穏やかで、ギリシアの彫刻にあってもよさそうだと思いながら見つめていると、

「貴方には浮気の星が付いているわ」

突然そんなことを言う。
青く冷えた目だけで、アロンゾの顔をちら、とみた。

「博愛主義って言って」

「詭弁だわ」

言葉を遮られてしまった。

「私の愛は一つだけよ。他に傾けることの出来ないくらい、一心の愛よ」

「それは…嬉しいね。俺に向けられてると思っていいんだろ?」

「勿論」

きっぱりと答える彼女の表情には迷いもなにも見えない。

「ああカッサンドラ! 俺はいまこの上ない幸福を感じている!」

情熱的に気持ちを叫ぶが、彼女はいたってクールだ。

「貴方の愛も私に向けられていると良いのだけれど」

「勿論、俺の愛は君のものだ」

「ボンバルリーナは?」

「彼女は確かに、魅力的だよ。グラマーだしなにより経験豊富な大人の魅力があるし」

「…ヴィクトリアは」

「汚れの無い乙女の危うい魅力?」

「ジェミマ」

「美少女」

「ランペルティーザ」

「天真爛漫であけすけで無邪気なところが可愛い」

「やっぱり貴方とは星があわないわ」

「またか!」

大げさに空を仰いで嘆く。

「ただ、俺は女の子が大好きなだけなんだよ!」

「それを浮気の星というのよ」

またも話は振り出しに戻ってしまった。

「せっかく通じ合ったと思ったのに」

「この世で完全に通じ合うなんてありえないのよ」

ふっ、と微笑んでカッサンドラは立ち上がる。

「でも、私は貴方を愛していてよ。それだけは、本当に、本当」

と言い残し、ゆったりと優雅に歩み去った。

「…ま、愛されているなら、いっか?」

良いのか。
突っ込みを入れるような良識のある猫はその場に居なかった。
"愛されている"という事実を手に入れてなんだか満足したらしいアロンゾは、いたって機嫌良く歩いて行った。


戻る